遠州滑走人の時事禄いままでは音楽の内容が主でしたが これからは世の中の出来事について書いていこうと思います

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所詮ロックは舶来文化なんだよね 07:16
【コラム・妙】ロックの影響力は消えたのか
http://www.sankei.co.jp/culture/enterme/070128/ent070128004.htm
地球温暖化防止を訴えるアル・ゴア元米副大統領にインタビューする機会が
あった。彼の活動を追ったドキュメンタリー映画「不都合な真実」の日本公開に
合わせたものだが、大事な質問を忘れていた。彼の奥さんのことだ。実は彼女、
熱心な洋楽ファンの間ではかなりの有名人なのだ。

 ティッパー・ゴア。1980年代半ば、レコード会社に圧力をかけ、青少年に
有害と思われるCDにステッカーを貼ることを義務付けた張本人である。85年、
ワシントンでベーカー元国務長官夫人ほか、有名議員のセレブな奥様を巻き
込み、有害な音楽から子供を守る組織を結成。プリンスやマドンナ、ジューダ
ス・プリーストといったわいせつだったり、暴力的だったりする曲の歌手やバン
ドを名指しで攻撃。ステッカー貼付を訴えた。

 多くの歌手が上院の公聴会で「フケを取るのに首を切り落とすような愚挙だ」
(フランク・ザッパ)と真っ向から反論したが、レコード会社側が折れ、
86年からステッカーが導入された。

 あれから約20年。「良い子のみんな、暴力は好きか?」と呼びかけるエミネ
ムのようなもっと露骨で過激な曲も次々と生まれているのに誰も気にしない。
ティッパーはどう感じているのかを尋ねたかったのだ。「若者は携帯電話やビ
デオゲームに夢中で、ロックの影響力はなくなったのよ」と笑うのだろうか。

 遠い将来、ゴアに再びインタビューする機会があれば、尋ねたいことは
いっぱいある。だけど、「社会に影響を与えるパワーが映画からも消えて
しまったね」という答えだけは勘弁してほしい。(岡田敏一)

                        産経Webより

<1980年代半ば、レコード会社に圧力をかけ、青少年に
有害と思われるCDにステッカーを貼ることを義務付けた張本人である。

ありましたね そんなこと。
今聴いてみると規制をかけるほど過激な内容だったのかはよく分かりませんが、
どのような内容であれ、このような規制ってのは日本では考えられませんね。
詩に露骨な暴力・性表現を織り込むなんて日本人の感性に合わないと思うし、
ロックは未だに舶来文化という感もあります  少なくとも私の中では。
だからロックの影響力って言ってもピンときません。あちらではロックは社会を
変えることができるということが、相変わらず信じられているんでしょうか。
| コラム | comments(0) | - | posted by enski
反面教師の存在は必要 13:29
娘・”パパ テレビで頭の悪そうなお兄さんたちが変な裸踊りしているよ〜”
父・”いいかい 世の中にはこんな変な人たちもいるんだよ。
                 お前はああなっちゃいけないよ。”






教育再生会議でも「DJ OZMA問題」議題に
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/television/35662/

なんてよけいなことをするんだろう 私に言わせればこんなのはまだいいほうだ。
私が子供の頃 TBSドラマ「時間ですよ〜」の女風呂の入浴シーンなんて
ほんまもんの女性がすっぽんぽんになっていた。 私なんかワクワクして見た
ものだ。 苦笑
家族団らんの空気は一瞬にして固まり、寒〜い空気が漂ったのは言うまでもない。

それに比べればたいしたことはない。 
その時に周りの大人たちが上のように諭してあげれば良いだけの話。

親としては社会に出て恥をかくような馬鹿な事はするなと教えなければいけない
のだが、その際悪い例としての見本がほしい。つまり反面教師は必要なんです。
それが青少年の育成に悪影響を及ぼすかは、周りの大人の対応に
かかっている
のだから わざわざこのような演出を規制するような愚策はやめて
ほしい。 
”世の中の親御さん このような時はあれは悪い見本 ああなってはいけないと
             しっかりと諭してあげましょう。”と呼びかければいいのでは?

今回 私もOZMAサンのパフォーマンスを拝見しましたが、はっきり言って
あれはセンスありません。 いただけない 苦笑
バラエティにおいてバカをやって場を盛り上げるというのは確かにありだと思います。
でもね白けさせちゃダメですよ。 司会者アナウンサー困惑してたじゃないですか。
あのような演出は、自分たちのファンだけが共有できる場でやれば良いのであって
紅白でやるものじゃない。 そこがセンスないんですよ。

以上 お馬鹿な演出であってもそれを規制する必要はありませんし、周りの
大人がもっと利口になりましょうというお話でした。



| コラム | comments(0) | - | posted by enski
紅白の役目は終わった 18:32
何やら前回取り上げた騒動がえらいことになっているようです。
IZAのブログではユーザーのトラックバックが100あまり この映像がロイター
通信でも配給されたりとそりゃ大騒ぎ 爆
私が思うにちょっと騒ぎすぎだとは思いますよ。(そう言ってここで書いてるんだから)
昔からこんな事はちょくちょくあることだから、わざわざ電話かけてまで抗議する必要も
ないとないと思いますが。  抗議の電話入れた連中も暇だな〜
それ以上に哀れなのがNHK パフォーマンスをここまでやらせてまで視聴率を稼ぎ
たいのかというのが哀れでならない。

でパフォーマンスってのは音楽表現に本当に必要なのかが疑問になってくる。
私の家も紅白歌合戦を見るのが習わしで、子供の頃はこれを見ないと年を越した
気分にならなかった。 ところがいつからだろう 歌のバックに被さる演出や
合間の応援合戦が白々しく思え、紅白を全く見なくなった。

ここでロックにおいてのパフォーマンスを考えてみる。
パフォーマンスってのはあくまでも音楽の中身を補助し、想像力を高めるための
ものであってその音楽以上に印象に残ってはいけないのだ。

そこを考えずに目立てばいいじゃないかってのもマズイだろうに。
いつの頃からだろうか、パフォーマンス重視のステージが主流になってきたのは。
おそらく70年代後半 MTVが流行してからだと思う。
私の好きなトッドラングレンもつまらんMTV作ってたもんな〜

紅白歌合戦の役目は家族団らんの年越しを後押しすること
それができなくなったこの催しは、もはや存在意義無しと断言していい。

そんなわけで紅白歌合戦の看板は下ろした方がいいんじゃないでしょうか。
ねえ NHKのお偉いさん。しょんぼり
| コラム | comments(0) | - | posted by enski
バカになれとは言うが・・・ 20:54
あけましておめでとうございます

元旦から家の掃除 ふすまの張り替え 仕事 初詣と大忙し
本年も楽しい一年になりそうです・・・・・・ポロリ

本年もなにとぞよろしくお願いいたします。

さて 笑わせてくれる出来事が大晦日にあったらしい。
紅白でダンサーが“裸”に?!演出で抗議殺到
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/television/33516/
NHKも視聴率をアップするためなら手段を選ばないようですね。
騒動の主役 DJ OZMAさんは私が大好きな氣志團のリーダーと同一人物
だそうじゃありませんか。 知らなかった〜〜〜〜

人間 バカになれ(もちろんプラスの意味で)と先輩に教えられ、ブログの記事も
お馬鹿路線で突き通そうしている私です。しかし根がまじめなため いまいちバカに
なりきれない今日この頃。  OZMAさんを見習いたいですな〜

でもOZMAさんを見てますともしかして本当のお馬鹿さん?と思ってしまいます。
OZMAさん バカになる方法教えてくださいまし。
| コラム | comments(0) | - | posted by enski
極悪JーPOPの勧め 12:23
JBの突然の訃報と言うことで気落ちしてますが、久しぶりの更新。
ちょっとヘビーな記事ですが一発かましてみましょうか。

先日 ふとホルストのジュピターを聴いてましたら、この曲が平原綾香の「ジュピタ
ー」の元ネタだということが分かりました。(←今頃 気づいたんかい!)
歌詞が加わるとこうも印象が違うかという典型でしょうね。

で詩の内容で気づいたことが・・・・・・”あなたはひとりじゃない〜♪”という一節。
この曲は癒しの曲だったことがわかりました。(←そんなことは有名です!!)

癒しの曲

私も好きですが、皆さんはどんな時に聴くのかな?
気分的に落ち込んだとき? それとも心が傷ついたとき? 

気分的に落ち込んだとき心が傷ついたときに聴くのはむしろ慰めの曲と言った
ほうがいいかもしれません。
私の場合は、心理的に落ち着きたいときや早く寝付きたいときが主 それ以外は
特に期待しません。 もちろん音楽として堪能したいときに聴くのは当然ですが。
私は落ち込んだ時にモントローズのファースト聴いて憂さを晴らしています。苦笑
http://enski.jugem.jp/?eid=398


この手の音楽を得意にしているあるミュージシャンがこんなことを言ってました。
    ”聴く人を勇気づけてあげたい”と。
このような事を言うミュージシャンって 結構多いですよね
音楽をやる動機も人様々なら音楽を聴く動機も様々。
私はそんなこと全然期待してないけどな〜 皆さんはどうですか?

私が今のJーPOPを聴かず嫌いでいるのは、おそらく人生の応援歌的なものが
あまりにも多いからでしょう。 そもそも歌や詩の内容なんて音楽の一要素でしか
ないのだから、私がそこにギャップを感じ 聴かなくなるのは当たり前です。

もし私のような偏屈をファンにしたいのならこんなのはどうでしょうか

"てめえら そんなことでウジウジしてて どうする? 
  お前のような奴らを負け犬って言うんだよ 
              悔しかったら何とか言ってみろ!


てな挑発的で極悪・過激な詩の内容にする。 ただしヘビメタ パンク ラップで
やってはダメです。 だってそのまんまでしょう。
あくまでもCメロを多用した胸きゅんポップスにするべきです。爆
ズバリ 極悪JーPOPとでも命名しましょうか。

癒しいやされ 慰められてばかりいると精神的にもひ弱なものになってしまう。
私は逆ショック療法のようなものも必要だと思いますよ。
だってそうでもしなくちゃ何くそって気持ちが湧いてこないでしょう。
それが湧いてこないなら人間終わりですよ。
今からでも遅くない 極悪JーPOPのジャンル確立をお願いしたいです。ムード









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ちょっと安易すぎやしませんか 18:43
ムリです!…「硫黄島」に観光問い合わせ殺到
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/31972/

ハリウッドの巨匠、クリント・イーストウッド監督(76)がメガホンを取った
話題の2部大作「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」で俄然、注
目を浴びる硫黄島。映画公開以来、同島を観光したいという問い合わせ
が小笠原村観光協会などに相次いで寄せられ、にわか硫黄島ブームが
起きている。

 硫黄島は現在、海上自衛隊が管理する航空基地やアメリカ軍の訓練
施設があり、一般の立ち入り、居住は禁止されている。観光施設もなく、
建物は自衛隊などの関連施設ぐらいだ。唯一、戦没者の慰霊祭を行う
場合に限って、旧島民や遺族の上陸が許されている。

 そんな事情を知らない映画ファンが観光地と誤解。同観光協会によれば、
第1部「父親たちの星条旗」が公開された10月頃から、「島を観光したいが、
どうすればよいか」といった問い合わせが寄せられるようになった。

 「以前は年に数件ぐらいだったが、最近は、週に10件ほどの問い合わ
せがある」(同観光協会)

 フジテレビが9日に放送した同島関連ドキュメンタリー番組「戦場の郵
便配達」の放送後も、「立て続けに4、5件の問い合わせがあった」という。
同様の問い合わせは、東京都庁にも数件寄せられている。

 「問い合わせの際は、その旨をご説明するのですが、なかには、『どうし
ても行きたい』と食い下がる熱心な方もいらっしゃって」と,観光協会も対
応に手を焼いている様子だ。

 映画では、イーストウッド監督がこの島で戦い抜いた兵士たちの思いを
描きたいと、現地ロケも行った。

 ロケには自衛隊の許可が必要のため、同監督は昨年4月に石原慎太郎
都知事を表敬訪問、都から自衛隊に依頼して欲しいと協力を求めて実現した。

 「撮影は自衛隊から1日限りという条件で、許可をいただいた」
         (制作会社ワーナーブラザーズ宣伝担当者)という。

 1日限りの撮影とあって映画で使われている実際の硫黄島のシーンは
ごく短いもの。それでも、映画が話題を呼んでいるだけに、多くのファンが
実際に行ってみたいと関心を持つのも自然の成り行きかもしれない。 


まあ 気持ちは分かりますが、少し考えれば一般の人間が行けない特別な
場所であることぐらいわかるはず。
普通の人なら電話をかけてまでだだをこねたりしないものです。

その時の感情で、あまりにも安易な方向へ流されているように思う。

先日も野良犬を救助する大騒動があったが、その後その野良犬を引き取り
たいという電話が殺到したらしい。 担当している方も困惑したことでしょう。 
なぜ世の中に処分されかかってる犬たちを先に引き取ってやろうという考えが
                     起きないのか不思議になります。
もっと馬鹿げたのが木の上から降りられなくなった猫を、わざわざレスキュー隊を
使って救助した事件。 本来野生本能で降りられるはずの猫がなぜ降りられなく
なったか。 ズバリ 第一発見者や周りの人間が騒いだからです。
それに驚き、恐怖感を覚えた猫はさらに木の上に逃げてしまう。
で結局降りられれなくなってしまった。 とにかくレスキュー隊員にかかわらず
下で人間が騒いでいれば降りられなくなるのは当たり前。
最初からほっときゃよかったのよ。 ひょっとして先日の野良犬だってそうだった
のかもしれない。 ほんと動物愛護の精神なんて人間の身勝手だと思いますよ。

私の鉄則 野生の動物とは関わりを持たない。
殺すことはないが、助けもしない。 
かわいいからと言って餌付けなんかするなって言いたいです。 また保護動物だ
からって人間に被害をもたらし取り返しのつかない事になったら別。
やはり処分されなければならないと思います。 野生の動物に餌付けしてそれを
観光の目玉にしているのも基本的に反対。

ちょいと話が逸れましたが、その時の感情に流されるのは控えたいものです。




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アメリカの変質 17:00
今回はめずらしくこれから見ようと思っている映画のお話
普段映画をほとんど見ない私が好き勝手に書くことをお許しください。

で その映画とは、もちろんクリント・イーストウッドが監督した
「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」
であります。
特に「硫黄島からの手紙」には非常に興味がありますね。

映画関連のブログで絶賛されているようですが、その多くが人間本来の感情
その極限状態での本質をうまく表現しているというものだった。

過去 アメリカで史実に基づいた戦争映画というのは、必ず相手国が悪 アメリ
カ側(連合国側)が善(正義)という表現でそこが非常に腹立たしかった。
ところがこの2部作は違うというのだ。

”戦争に正義(善)も悪もない”

これはイーストウッド監督がインタビューで言った言葉である。
まあ普通に考えればその通りであるが、アメリカという国は違うらしい。
どんなに非合法な大量殺戮をしても戦争に勝てば、
                 合法的行為であり、無罪放免なのである。 
また戦時においていつも犠牲になるのは、最前線の兵士であり、そして悲しむ
のはその家族や一般市民であるというようなこともいっていた。
この映画は、前線の兵士の葛藤を克明に表現しているし、最前線の兵士だって
生身の人間なんだという描写が高評価を得たのかもしれません。
これは従来のアメリカ戦争映画にはなかった部分なのでしょう。


以前の記事で 嫌米主義の勧めhttp://enjiji.iza.ne.jp/blog/entry/78359/
を書きましたが、少しずつアメリカも変質しているのかもしれません。
従来ならこのような映画にはゴーサインは出なかったはず。 おそらくイラク戦争
の失敗からアメリカも何かを学び、戦時の現実にもっと真剣に向き合おうという
いう動きがあるのだと思います。 
イーストウッド監督のような方がもっと増えるといいですね。

さて 感想を書かれた多くのブログの中で、私の”避難場所”にリンクされてる
諸葛川さん 今、硫黄島が熱い!
            http://morokuzu.exblog.jp/5951099/
        今、硫黄島が熱い! 2
           http://morokuzu.exblog.jp/d2006-12-09
に資料リンクが多いようです。 興味のある方はぜひ。
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報道の自由とは言うけれど・・・ 17:35
前回 いじめ・自殺は流行病のようなものと書き、思いあたる事がありましたので補足
先日爆笑問題・太田が自分の討論番組内で”いじめ報道を規制せよ”という
意味の提案をしたらしい。 
過度な報道がいじめを助長するという考えらしいです。
詳しくは知らないが私も分からないではない。

若年層の流行はまるで流行病のように瞬く間に社会に浸透する傾向がある。
これはいじめ・自殺の問題でも同じ 何処何処で若者の集団自殺があれば
あっという間に数件の同じような事件がおこる。

先日もある放送局では、同じようないじめ・自殺報道をさんざんやっておきながら
別の時間帯では死をモチーフにした映画の宣伝を堂々とやっていた。
TVってのは、国民の知る権利を盾に、報道の自由とやらで知らなくても良いどうでも
いい情報を垂れ流している。 本当にその情報が国民にとって有益なのかはまったく
考えもせずただ垂れ流すだけ。

”報道の自由” ”表現の自由”など挙げればきりがないが、この”〜〜の自由”って
のはやっかいな言葉で、いつも都合の良いように解釈されがちだ。
自由が保障されるのは社会にそれをコントロール出来る力があるかどうかが重要だ。
世の中の出来事を見てると、知らなくてもいい情報の中で混乱しているような感がある。
そのうち報道との関連から報道の現状が本当にこれでいいのかというのも問題に
なるかもしれません。 その時はいじめ・自殺報道にも自主規制を!なんて声が
上がるかもしれませんね。 
それはいいことなのか悪いことなのか 私にもわかりません。

そういや 今夜フジTV系で教育問題6時間ぶっ続けの放送やるそうです
たまには録っておくか。

関連記事・http://www.j-cast.com/2006/11/16003851.html
| コラム | comments(0) | trackbacks(2) | posted by enski
ある方のブログ炎上に思う 21:42
今回は先日行われた亀田興毅クンの試合について 外野席から感じたことを書いてみます。

私は以前 ツッパリ文化で盛り上がる連中を批判した件もあり、当然この亀田親子は
嫌いです。 また彼らを持ち上げ、疑惑の試合をしたとたん 手のひらを返した
ように亀田批判に転じたマスコミはもっと嫌いです。
実力不足であるとか 周りに持ち上げられた 言葉使いがなっとらん など そんなこ
とは以前からわかっていたはず。
このようなことを以前から批判していたのは、あのゲンダイ系だけだったと思います。
まあゲンダイの事ですから、周りの空気には乗らないというというのも当然かとは思いますが。

さて それ以外に感じたことがあります。
TBSに数え切れないほどの抗議の電話が殺到したようです。 まあ当然ではありますが、
なんて暇な連中なのかと思いました。 
また亀田親子を擁護するような記事を書いた著名人のブログが、炎上の被害にあったらしい。
私は見てないが、炎上の末 閉鎖せざるを得なくなったブログもあったようです。

私はこの他人のブログを炎上させる行為に卑劣なものを感じました。

ブログ記事には管理者が様々な思いや考えを書き、批判もあれば賛同する内容もあります。
 
あたりまえです。

亀田擁護の考えに対し、礼節をわきまえて反論意見を書くのならまだしも 関係のない
記事にも中傷するようなコメントを書き込む。 
相手が負い目に感じていると見れば 弱みにつけ込むようなコメントを平気で書き込む
その無神経さといったら・・・・
これを卑劣と言わずして何といえばいいのでしょう。


最近 このような炎上被害というのが増えているようですね。
有名な件では、盗撮行為をした日テレアナウンサーを擁護した元アナウンサーYさんのブログ。
この方もかわいそうでした。 関係のない記事にまで中傷コメントを書き込む輩が続出。
やむなく一時中断 現在はコメント欄を閉鎖して続けているようですが。

追記・・・
連中の心理を勝手に想像してみます。
”大多数は批判記事である それなのに擁護するとは何事か!”
大多数=正義 少数派=悪 よってコメント攻撃になるわけです。
ずばり弱い者いじめというわけですな〜 (こんなこと書くと怒られるかな 笑)


こんな書籍があります。
他人を見下す若者たち
他人を見下す若者たち
速水 敏彦
この本 私は読んでいません。
アマゾンのレビューではこの本を批判するものが多いようですが、実際にはどのような
内容なんでしょう。
いずれ目を通すつもりです。

この傾向は若者に限ったことではありません。 他人への配慮や気配り ネットにどっぷりと
浸かっていると、このような事には無頓着になりがちです。 誰にも起こりえることでしょう。
私たちも気をつけたいものです。

ブログではありませんが、こんな人もいますから・・・それにしてもひどい
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/15426/






 
| コラム | comments(2) | trackbacks(1) | posted by enski
危うい日本の音楽文化 00:11
こんな記事がありました。
生演奏でも楽曲無断使用はダメ JASRACが1600万円賠償請求
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/13240/

最初 いまいち意味が分かりませんでしたが、どうも生演奏でも他人の曲を
無許可でやれば摘発される
ということなんでしょうか?

だとすればちょっとこの事例での適用は納得できない。
多くの場合 アマチュアが他人様の曲をやる時 それなりのアレンジ 
元ネタミュージシャンへの尊敬やあこがれの念があるはずだ。
最近でもトリビュートバンドというのが流行っているらしいが、あれだって元の
ミュージシャンに対する尊敬があるからこそ出来るわけだ。

どうもこれさえも違法とする考えは、音楽に全く興味のない者がすべてを
決めている
としか思えない。 全くその分野に愛情のない者が介入したらどうなるか。
良い例がスキー場だ。 ちょっと話が飛躍するかもしれないが、10年以上前のスキー
ブームの時 多くの参入者があった。 あのとき本当にスキーが好きでスキー場経営を
始めた業者はどのくらいだったのだろう。
スキー好きの立場に立ってサービスを考え、コースレイアウトを設計したところが、いっ
たいどのくらいあったか。 もうお分かりの通りそれをしなかったスキー場は廃業せざ
るを得なくなりました。 音楽を取り巻く世界も同じだと思う。

音楽好きが自由な表現で他人の曲をやることも、音楽文化を発展させる原動力に
なるはずですが、この意味のない適用は、その文化発展を阻害する事になるでしょう。
現状ではこの適用判断が密室的で行われているわけですし、非常に根深い問題だと
思います。

皆さんはどう思われますか?

追記・・・・
実際にはどのような事例で適用されるのかわかりませんね。
私もほんと言うと、著作権については不勉強な面がありますので
このくらいしか言えません。

しかし 住みにくい世の中になったもんだ・・・・

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