遠州滑走人の時事禄いままでは音楽の内容が主でしたが これからは世の中の出来事について書いていこうと思います

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私の音楽史を決定づけた人 17:09
仕事が一段落したので更新再開します。

この半月間にいろいろなことがありました。
中越地震に参院選と、世の中の流れを変えるような出来事が続いています。

そんな中 特に残念だったのが、作詞家 阿久悠さんの死去でありました。
昨日夜 BSフジのインタビュー番組で、昨年11月に放映された阿久さん出演の
ものが再放送されていましたので感想など書いてみます。

この番組ではスポットに当たった方の経歴や、それに伴う本人からのメッセージを
うかがうという構成になっております。 阿久さんが手がけた70年代の全盛期の
作品がどのような課程で作られていったかという点が非常に興味深かった。
同時に現在の日本の”歌”に対するアンチテーゼのようなものを色濃く感じました。
この”歌”というのは、現在のJーポップに見られる自作自演のほうが、音楽としては
上だと言うような風潮に異議を唱えるような内容であったように思えます。
私も以前からJーポップに対する悪口をさんざん書いてきましたが、阿久さんの考えには
なるほどと思える点が多々あった。

今の歌には”私”しか存在しない。
つまり歌詞を歌い手自身が作っているから これは私的主張にしかすぎない。
聴き手が自分で解釈し、詩の世界観を自由に想像することなど最初から拒否
されているようなものだというのだ。 
そこには歌う側 それをメッセージとしてストレートに受け止める聴き手 それだけの
関係しか成り立たたず、新たな想像力(創造力もね)も生み出すことはできない。
おそらくフィクションとして別の詩世界観を楽しむセンスもないだろう。

(私的要約です)

全くその通りである。
私は歌を聴いて 勇気づけられたいとか人生の糧になったとか そのような期待を
するセンスが理解できない。 音楽にそんなものを期待するなら、最初からお悩み
相談でも江原なんとかさんのTVでも見ていた方がいいと思う。
歌=音楽ではあるが、音楽=歌ではないのだ
いつの頃からか 歌詞におけるメッセージ性というのばかりが重視されてきた。
私にはこのような傾向が非常に気持ち悪く、居心地がよくないのだ。
メッセージ性でよく言われる若者のヒーローとかカリスマってのも、多くは作り上げ
られた虚像のようなものである。 大体が胡散臭い。

私は幼年期に 初めて森昌子さんの「せんせい」を聞いた時のことを思い出した。
あの曲も阿久さんの作である。阿久さんの作品には想像力をかき立てる何か
あった。 見てははいけない別の世界を思い出させるものがあった。
それが音楽における最大の楽しみであることを教えてくれた。

今の若いリスナーにはそのような楽しみはわかるまい。 かわいそうに・・・・・



そんなわけで 阿久さん 40年間楽しませてくれて本当にありがとうございました。
安らかにお眠りください。 合掌





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